総合武術研究会 of 実践武道空手|総合武術研究会|【拳武会】マミーズ・イングリッシュ

日本古来から伝わる武術を、総合的に研究する事を目的とした会です

武種、流派は問わず、様々な分野の方達と共に稽古を行っています
自分自身も武術の門に立ったばかりなので現在、会に通われてる他流派の師範達と試行錯誤を繰り返しながら
先人達の隠された技等を研究しています
私も半世紀になる年齢を迎え加齢に対する答えが出ないまま
現在に至っています
若い練習生達と稽古をこなし、自分の肉体も現状を維持するのが精一杯かな?と自問自答を繰り返し精進してきましたが
改めて様々な見地から空手を見直すと、実に興味深い古流の武術に行き当たりました。
特にフルコン系の空手を修行してきた人達は(自分も含め)古武術系は現実性に欠けると思い見過ごしてきたのが現状でした
しかし、自分の認識不足の世界が存在している事、古の達人の技が受け継がれている事が
実際に現存している事を知り、新たな方向性を見い出しまた
これにより、温故知新の気構えで世に言う達人たちの技を研究し
更に自分自身、同志の仲間達と共に一層の飛躍を目指しています

武術について

武術について
武術に於いては、一切の甘えも妥協も許されません絶対の世界だからです
先人達が実際に命のやりとりを通して築き上げた技術には
平和な現代社会で構築された格闘技では到底追いつけない
心の在り方が重要視されます

実戦の場ではルールもなく、卑怯も存在しません
最後に生き残る事が勝ちなのです
いかに五体を鍛えぬきテクニックを磨いても
敵は刃物を持ち銃を持ちミサイルを使用したら到底、奇麗事では済まないのが現実です 

護身術として格闘技を習っても、何に対しての護身術なのか明確に答えを出すのは極めて難しいものです

スポーツや競技には1の次は2があり3,4、と続いて行きます
仮に試合に負けても参加する事に意義があると、評価されます
しかし、そこには甘さが存在します
一か八かでも試合だったら勝てる可能性があると言う考えです
武術の観点から見ると例え1パーセントでも負ける可能性があれば
戦うという事は命取りになります
1の次に2は存在しないのです。負ければ、それは死に繋がります
武術の稽古を実践するには、この様な絶対の世界の気構えが必要とされます

無駄な争いはしない、争いを避ける、
それが本当の意味での護身なのでは、ないでしょうか

争いを自ら無意識に避ける感覚を普段の稽古で養う
1単位のスケールを100分の1、1000分の1単位で
細分化する事が重要になってきます

時間に対する認識も同じです
少なくとも地球上に存在する全ての物は、皆、平等に同じ長さの時間を共有していますが、気の持ち方で時間の長さも、長くもなり短くもなります

こんな、身の回りの当たり前の現象を深く掘り下げていく事で自分の感覚を研ぎ澄まし
無意識に危険から回避出来る能力を身に着ける事も稽古の一つです

武道

文武両道

文武両道、文は、勉強・学問、武はスポーツという解釈が一般的だと思います
勉学に励み、同時にスポーツに励む、個々それぞれの片輪ずつ追う事で両輪を成し両道とする
しかし、古の武術から考えれば、文は心、武は技であり文武両道は武道に位置付けできます
武道を実践することで文、即ち心。武、即ち技が自然と付いてきます
個々、片輪ずつ追うのではなく、一つの事を実践することで両輪を成す
これが、本当の文武両道、武道の本質だと思います






































学ぶ姿勢

物事を学ぶ姿勢

現在の日本人には、謙虚な心が無くなっている様に思います
自分の意見を一方的に押し付ける、我を通す、西洋的な考えを間違った方向に意識付けしているみたいです
その結果、人に対する信頼関係も薄くなっています
信頼関係が薄くなれば当然、他人への思いやりも無くなって来ます。それは同時に、人への感謝の気持ちも無くなるということです

感謝の気持ちを忘れた一部の人達は、物事を教わる事に対して、勘違いをしています
物事を教わるという事と、物を買うという事を、混同しているのです
お金を払って物を買う、お金を出すイコール御客様
その為に 自分はお金を出しているから子供の学校の成績をあげてくれ!強くしてくれ!等と、上から目線で一方的に押し付けてきます
現在、この様な大人が増えてきています。こんな環境のなかで子供達を教育するのは、とても困難な事です

これまで、10余年近く子供達を指導してきましたが、子供達に礼儀等を教える前に、保護者の方が、礼儀を習いに来たほうが、いいのではないか?そんな事が多々ありました
たまに顔を合わせても、こちらから声を掛けないと挨拶もしない親や、自分の子供の成長に無関心な親等
誰のために武道を習わせているのかな?と疑問に思います

いつの頃から、こんな世の中になったのでしょうか?

指導者達は、何年、何十年とリスクを負いながら積み重ねた技術を教え、伝えようとしてます
それは、当然、教わる人達にとっては、未知の事です。自分だけで、研究しても、到底、何年、何十年かかっても辿り付くかは判りません

その様な先人達の知恵、叡智を学ぶと思えば、自然と有難味、感謝の気持ちが湧いてくるでしょう
これこそが、学ぶ姿勢だと思います
それは、決して他人から押し付けられるのではなく、自覚することが重要です